良い学歴=立派な人間??

こんにちは、べっちです。

今回は、学歴が人間的な評価に関わってくるかということについてお話しようと思います。

 

学歴にコンプレックスを抱く人は、

学歴によって自分という人間の価値を評価されると思っているのです。

これは、昔の僕もそうでした。

「この大学に通っている自分のことを周りの人はどう見ているのかな…」

とか

「就職するときにこの大学卒だとかなり価値の低い人間だと思われるんじゃないか…」

とか、そういうことがずっと頭から離れなかったんですね。

 

人生初のバイトで、学歴に対する価値観が一変

でも、少し社会に出てみると、実は全くそんなことはないということに気付けたのです。

僕は学歴コンプレックスによるうつ病を克服している時に、

人生で初めてアルバイトを経験したのですが

そこで学んだのは、「本当に人間に大切なのは、学歴ではない」ということだったんですね。

(この話の詳細はこちら!↓
自分とタイプの違う人と関わって価値観が激変し、学歴コンプレックスをなくせた!』)

 

僕はまだうつ病が治りきっていない時にアルバイトを始めました。

車が好きだったので、自動車販売店での洗車のアルバイトでした。

まだうつ病だったので自分に自信が全くなく、学歴コンプレックスもあったため、

人からどう思われているのかがすごく気になり、自分をできるだけ閉ざしていたんですね。

それに加えて、当時は社会経験もゼロ。

そんな状態だったので、ろくに仕事が出来ず、ミスばかりしていたのです。

 

ある日、僕の注意が欠けていたことでお客さんの車の内装(ハンドルやシートなど)を

汚してしまったのです。

洗車では最後の仕上げにタイヤにワックスを塗るのですが、

そのワックスがついたベトベトのゴム手袋のままお客さんの車に乗り込んでしまったのです。

僕が手をついたシートやハンドルがワックスでベトベトになってしまったのです。

でも僕はその時は汚したことに気付いていませんでした。

 

お店から帰ろうとして自分の車に乗り込んだお客さんから苦情が来ます。

「おい、なんかハンドルとかすげーベッタベタなんだけど!どうなってんだよ!!」

急いで駆け付けた営業マンによって、

そのベトベトの原因が明らかに洗車時のワックスであることが分かりました。

そしてすぐに洗車のアルバイト員にそのことが伝えられ、アルバイトのリーダー格の先輩が

お客さんにひたすら謝っていました。

 

でも、その車は明らかにさっき僕が洗車後に乗り込んだ車。

汚した犯人は明らかに僕でした。

でもそのアルバイトの先輩は僕の分まで責任を取り、

お客さんや店長にひたすら謝ってくれました。

 

僕はあとでこっぴどく怒られることを覚悟していまいした。

でも、その先輩は全く感情的に怒ったりすることなく

僕の行動のどこがダメだったか、

どういう意識が足りていなかったからこのようなミスをしてしまうのか

などを具体的に注意してくれたのです。

そして、その注意が終わった後には

「まあみんな、若いうちはそうなんだよ。俺も昔はいろいろ失敗してきたからな~(笑)」

「俺がまだお前くらい時な、…」

なんて言って、ミスして落ち込んでる僕をフォローしてくれるんですね。

 

僕はその時、その先輩の器の大きさや優しさに本当に心を打たれたのです。

実はその先輩は、高卒で社会に出て、いろいろな苦労を重ねてきて

現在ではアルバイトで生計を立てている50代の男の人でした。

 

そしてそれ以降も、何度もその先輩に助けられ、

「本当に人間に大切なのは学歴なんかじゃないんだ…!!」

ってことに気付けたのです。

 

どんな人が立派な人間なのか

その人の人間としての価値や立派さというものは、そういう所だと思うのです。

相手の気持ちを理解した行動をできるところとか、

他人と協力することができるところ、

組織を作ってそれをリードできるところ、

何か問題が起きた時や仲間がピンチになった時に自分を犠牲にできるところ…

つまり、協調性や他人への愛があるかどうか。

 

そういう人こそが真に立派な人であって、素晴らしい人なんだと思うのです。

いくら良い学歴があっても、そういうものは手に入らないのです。

 

自分が立派な人間になるには

そういう人になるには、まず自分を愛せるようにならないといけないですね。

学歴コンプレックスを抱いている人は、現状に不満を感じているし、

こんな自分を受け入れられず、自分自身にも不満を抱いているのです。

つまり、自分を愛せていないのです。

 

自分を愛するというのは、自分という人間の全てを認めて、受け入れることです。

自分の性格や見た目、学歴や社会的な地位など、

そういった自分の全てを何かのせいにせず、自分で認め、

それらを受け入れていることです。

そうすることで、はじめて自分に満足することが出来るのだと思うのです。

 

そして、自分を愛せていない人は、他人を愛することもできません。

なぜなら、自分を愛せていない人は自分に不満なので、

自分の問題を考えることで頭がいっぱいだからです。

自分のコンプレックスに対処するのに精一杯で、

他人のことを気にする余裕がないのです。

 

それだと、友達と楽しく過ごすこともできなくなりますし、

これからの人生で大切な人を愛していくこともできなくなってしまいます。

ずっと自分のことだけを考えている、自己中心的な人間になってしまうのですね。

 

僕も、学歴コンプレックスが激しかった頃は、友達と楽しく過ごすことが出来ずに、

今とても当時のことを後悔しているのです。

高校を卒業して数か月たった時に、高校時代に仲の良かった友達と

食事をしに行ったのですが、

その時、自分より優秀な大学に行った彼に対して

僕は自分の学歴が気になってその友達に強がってばかりいたんですね。

そして、楽しい会話をすることなく、僕の強がった話や学歴に対する不満などで

終わってしまったんです。

今思い返しても後悔ですね。

本当は仲のいい友達と楽しい時間を過ごしたいのに、

自分の学歴コンプレックスのせいで楽しく過ごせなかったし、

その友達に楽しい時間を過ごすことを妨害してしまったことに対しても

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

だから、まずは「良い学歴=立派な人間」ではないことに気付きましょう!

そのためには、いろいろなことを経験してみることです。

あえて自分が今まで関わったことのない人と関わってみたり、

僕のようにアルバイトをしてみてもいいでしょう。

 

そして、そういう経験を通じて考え方や価値観が変われば

自分を愛せるようになります。

自分を愛せるようになったら、やっと他人を愛することが出来るのです。

それでやっと、真に立派な人間になれるのです。

良い学歴=立派な人間 ではないのですよ。

 

でも、真に立派な人間になることは簡単なことではないのです。

極論を言えば、こうなったら立派だといえる明確な基準はないので、

一生かけて一歩一歩、その努力をしていくことになるでしょう。

でもそれが、人間としての成長ということなのかなって思います。

僕も真に立派な人間になれるように頑張ります!

 

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僕は大学受験に大失敗し、ひどい学歴コンプレックスからうつ病になりました。
それを1年半で完全に克服し、
今では自分が心から満足できる大学で自分の好きな研究をして
充実した日々を過ごしています。

僕はもともと、何に対しても自信がなく
ただ勉強して周りの人より良い成績を取ることだけでしか
自分を保てない人間でした。

そして、何をしていても幸せではありませんでした。

でも、うつ病を克服してからは
自分に自信を持てるようになりましたし、
日々、とても充実していて幸せです!

「精神的に強かったからうつ病を克服できたんでしょ?」
と言われることもありますが、
全くそんなことはありません。

どんな人でもうつ病は克服できるし、
誰でも幸せになれる、幸せになる権利があるんです!

以下の記事で、僕がうつ病を克服して幸せになれた過程を紹介しています!

→僕の理念「考え方や価値観を変えて幸せになろう!」

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